お客様の声メニュー

最新 / 2009 / 2008 / 2007 / 2006

最近のお客様の声

それぞれのメモリアル・ダイヤモンドには、それぞれの想いが込められています。

ダイヤモンドを製作された方だけが知るその価値。お読みになっていただけると幸いです。

文章、写真に関してはすべてご依頼者の了解を得て掲載しています。

ダイヤモンドを作って間違っていなかった

前略 ご担当者様
ご無沙汰いたしております。あなた様には、お変わりございませんか。
母がダイヤモンドとなり帰って来てから1年が過ぎました。もっと早くこのお礼の手紙を差し上げるべきだったのですが、1年もたってしまったことをお許しください。
ご担当者様には何度も何度も電話で相談にのっていただき、いろいろとご迷惑をおかけいたしました。遺骨に関する考え方が多様化してきても、遺骨をダイヤモンドに加工したり、遺骨のまま手元においておくことに抵抗を感じる人や、反対する人などもおりましたが、私は母の遺骨をダイヤモンドにする、といった自分の決断は間違っていなかったと1年たってみて強く感じております。
亡くなった人は戻ってこないし、話もしないし、肉体も存在しませんが、ダイヤモンドの姿に変わっていつでも一緒に暮らしている、という安心感をえることが出来ました。
もし、あの時ダイヤモンドにするという決断をしていなかったらきっと毎日が寂しく、後悔していたと思います。きれいなダイヤモンドにしていただき感謝しております。
担当者様、お礼が遅くなりましたが本当にありがとうございました。

 

2010年1月 M.W.様 (東京都)

輝きに導かれて

写真をクリックすると拡大します

アルゴダンザ・ジャパンのスタッフの方々、この度は本当にありがとうございました。
一日千秋の思いで待ったメモリアルダイヤモンドの完成。
初めて対面した時、想像以上の美しい輝きに思わず涙が出ました。主人が帰って来てくれたような気がしました。
もっともっと長生きしてくれると思っていました。だけど、いざとなるとあっけないものなのですね。最期の時、主人は何を思ったのでしょう・・・・それは誰にも分かりません。ああもしてあげたかった、こういう風にしてあげればよかった、もっと気持ちに寄りそってあげればよかった、と悔いはいっぱいありますが、その輝きを見た時、色々大変な事もあったけれど、主人は幸福な人生を活きたのだと思いました。その美しい輝きは、これからの私の人生を導いてくれる明かりになってくれることを信じています。
新聞広告によって、アルゴダンザ・ジャパンさんとご縁が出来たことに感謝です。そして、スタッフの方々の誠実な対応に感謝です。

 

2010年1月 R.Y.様 (兵庫県)

早く逝った主人との再会

あまりに早い主人の旅立ちに、心の準備も、感傷にひたっているゆとりも持てないまま、初めての事だらけの、残された者がやるべき事を、必死に調べながらこなしていたところ、手元供養ということで、アルゴダンザ様のメモリアルダイヤモンドを知りました。同じ悲しみを持つ方々がメモリアルダイヤモンドを手にした話を読ませていただくだけで、道標を見いだせた思いでしたが、アルゴダンザ・ジャパンのスタッフ様のご配慮もうれしく、特に、ダイヤとなった主人がクリスマスに私の元に還ってきてくれたのには感激しました。子どももいないので、結婚して初めて、ひとりぼっちのクリスマスだと思っていたところへの思いがけないプレゼント、そのお心遣いに涙しました。
3月生まれの主人が、誕生石のアクアマリンの様な淡いブルーで還ってきてくれたのは、これからもひとりぼっちじゃないだと主人をより身近に感じられます。光の加減によっては、藤色がかったブルーに見える事もあり、5月の私の誕生日が主人の命日なってしまった事もあり、思い入れのある季節の花色に見る時があるのも私にとっては励みになっております。素敵な再会を与えてくださった、アルゴダンザ様に感謝申し上げます。

 

2010年1月 Y.I.様 (東京都)

一時は本当に良かったのか、と考えもしたけれど・・・

この度はありがとうございました。
まだまだ周りの理解もなく、遺骨を加工するなんてとどれ程言われたことか解らず、私までもが本当に良かったのだろうかと考えさせられました。
しかし、私の中では心の整理がつき、これからは、このダイヤが光り輝き、照らして見ていてくれると思い、再スタートを切ろうと思います。
ありがとうございました。

 

2009年11月 N.O.様 (大阪府)

昨日までそばにいた人をそのままお墓にいれることはできなくて

この度は素敵なダイヤモンドにしていただき、ありがとうございました。
私と、アルゴダンザ様との出会いは、まさに運命に導かれたものでした。
主人を2月に突然の病で亡くしました。それは、本当に突然の出来事でした。
昨日まで、いやつい数時間までは、いつものように冗談を言い合い、夕食の支度をしていたのに、体の不調を訴えてから、33時間後にはさよならも言わずに帰らぬ人となってしまいました。茫然と過ごすしかない私は、何もする気がおこらず、テレビさえうっとうしくなっていました。そんな私が、何をおもったのか、たまたま録画した番組で亡くなった人の供養の形として遺骨からダイヤが作れることを知ったのです。
いつも、どこに行くのも一緒だった私と主人、迷いはありませんでした。
仲良く歳をとって、お互いにいたわり合いながら生きていく。昨日までそばにいた人をそのままお墓にいれることなど、私にはできなかったのです。          
遠方にもかかわらず、遺骨をとりにきていただき、私の話を十分にきいていただきました。
遺骨をおあずけしてからも、スイスに出発したときも、ダイヤモンドになっていく過程も、帰国したときも、おりにふれて連絡をいただきました。
私には、まるで主人が話をしてくれているように感じることができたのです。
薄いブルーのダイヤモンドになった主人を迎えたとき、私は確かに主人自身がそこにいることを感じていました。
もう泣かないで、しっかり生きていきていきなさい。と励ましてくれているのです。
生きていくのが辛い時、何かに迷った時、私はダイヤモンドに話しかけることで前をむいていくことができそうな気がしています。
御社と出会えて本当に良かったと思っております。一緒に泣いてくださった担当の方、及びスタッフの方々に心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

2009年11月 藤井弘子様 (広島県)

来世で再び出逢い、また夫婦になる時が来るまで・・・

写真をクリックすると拡大します

今年2月、交通事故で主人が他界しました。
なんという巡り合わせでしょうか?アルゴダンザ・ジャパンと出会い、8月に私達家族の元へ主人が  ダイヤモンドになって帰ってきました。子ども達の運動会にも間に合いました。
主人がカメラのレンズから見た校庭の風景を、今年は私が主人に代わってシャッターを切りました。ペンダントとして胸に輝く主人は、これからも、私の大切なパートナーです。いつでも、どこでも、一緒です。離れることはありません。来世で再び出逢い、また夫婦になる時が来るまで、少しの辛抱・・・。
このペンダントさえあれば、真っすぐ、前を見て、地に足をつけて、子ども達と歩いていけます。

本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。

 

2009年10月 C.Y.様 (京都府)

妻が素敵な輝きを放って帰ってきました

写真をクリックすると拡大します

妻が素敵な輝きを放って我が家に帰ってきました。
結婚して24年、子どもの成長と仕事、老いていく両親の世話、通信で大学に通い介護の資格を取り毎日を忙しい日々で過ごしていたある日、体に痛みが走り検査をしてもらった所、癌と宣告され手術や抗癌剤の辛さにも耐えやっと退院した半年後に再発、なのに緩和ケアでも毎日辛いはずなのに明るく振舞い最後まで家族のことを思い『幸せだったよ』『再婚はしないでね』の言葉を残しこの世を去りました。
亡くなった後は仕事に戻っても満たされず寂しさだけが募る毎日でした。
そんな時、TVでアルゴダンザの事を知り、ただお墓に遺骨を埋葬してしまうより手元に何らかの形で残して置きたいと思い申し込みました。
最初、1年から1年半位かかると聞かされていましたが途中途中でメールで経過を連絡いただき約2年後に我が家に帰って来ました。
その輝きは世界に一つしかない光を放ち、太陽の下、蛍光灯の下など場所により違う輝きを放ちとても素晴らしい出来栄えでした。
自分と常に生活していくには勿論のこと、子ども達にも伝えていく我が家の家宝になりました。
金額的に高いか安いかはその人の価値観だと思いますが、自分にとっては毎日妻と一緒にいられると思えばお支払いしたお金の何十倍もの価値あるものだと思います。
妻を綺麗な形にしていただいて本当にありがとうございました。

 

2009年10月 K.I.様 (愛知県)

21年を生き切った息子

写真をクリックすると拡大します

息子 正和 生きていたならば2009年8月で26才になります。
2005年1月 国際基督教大学の3年生 冬晴れの暖かい日 あっけなく旅立ってしまいました。
筋ジストロフィー症 21才と5ヶ月の命でした。
2006年、正和の姉、絵里子が「かわいくて わがままな弟」を講談社から出版。遺骨は私たち家族の思い出の中にある、クジラとペンギンの入れ物に納め、正和の写真と共に自宅の机の上に置き、一段落ついていました。(遺骨は私が亡くなった時、一緒に散骨してもらうつもりでした。)
でも、すばらしいことが待っていました。この度、知人の紹介でブルーに輝くダイヤモンドのペンダントになり、私の元に帰ってまいりました。
8月 私と共にボストン在住の姉、絵里子の結婚式にも行ってきました。
飛行機の中、何度もペンダントが無事私の首についているかどうか確認しながら、それはそれは緊張する時間でした。
このダイヤモンドの話をすると皆さん涙ぐみながら「いいことをしたね。」としみじみおっしゃってくれます。
本当にありがとうございました。

 

2009年9月 金澤喜代様 (東京都)


お手紙中に記されている書籍の紹介

かわいくて、わがままな弟

「かわいくて、わがままな弟」

出版社 / 著者からの内容紹介
だいたい、死にそうで死なないのが僕なんよ。自分を守ることは憎らしいくらい上手なんよ!
全身の筋肉がだんだんと衰えていく難病筋ジストロフィーと闘いながら、つねに目標に向かって挑戦し続け世界に目を向けた国際基督教(ICU)大生の奮闘記!
僕は明るく、楽天的で、気が強い。わがままで気分屋さんだけど、過酷な病気と闘うにはこれくらいじゃないとやっていけないと信じている。
(リンクをクリックするとアマゾンにて詳しい内容がご覧になれます)

夫の想いを叶えることができ、本当にうれしいです

写真をクリックすると拡大します

ずっと この時を待っていました。
夫は、私の左手中指に、ぴったりとおさまっています。
「ずっと 一緒にいたい」というのが、夫の口癖でした。
今、夫の想いを叶えることができ、本当にうれしく思っています。
これから、本当にいつまでも二人でひとつになれました。
涙が止まらないくらい 感激しています。
ありがとうございました。

 

2009年9月 S.H.様 (広島県)

亡き娘のボーイフレンドにメモリアルダイヤモンドの事を教えられ・・・

写真をクリックすると拡大します

2007年12月、18歳11ヵ月。念願だったイギリス留学がほぼ決まった頃、娘のからだに異変が起きた。診断の結果は悪性脳腫瘍。出来た場所が悪く、手術が出来なかった。
こんなに活発で明るい娘が何故? 何故この娘じゃなきゃいけないの? 何度繰り返したことか! 右半身麻痺と失語症で車椅子生活になってしまったが、たくさんの方の支えもあり母娘で短大に通った。家族みんな娘のこと最優先でいろんな所に連れて行ったりもした。
2009年1月。20歳の誕生日を迎えた頃から坂道を転がるように症状が悪化。
闘病生活1年3ヶ月の3月、20歳2ヶ月で娘は星になってしまった。
七七日忌、納骨が間近、私の手の届かない遠くに行ってしまう気がして、悲しさと寂しさで心が潰れそうな時、娘のボーイフレンドからのメールでメモリアルダイヤモンドの事を知った。私の中の空っぽの部分がふわっとあたたかくなり、少し気持ちが楽になった。
待つ事4ヶ月余り。娘は美しい輝きを取り戻して帰ってきた。何と美しい透き通ったブルー! これからずっと、私の命のある限り胸元で輝き続ける。娘の行きたかったいろいろな所へ一緒に行きたいと思う。
自宅まで娘を迎えに来てくれ、病気に前向きに立ち向かった娘の事を聞いてくれ、そして優しく娘を連れて行ってくれたスタッフの方に感謝!ありがとうございました。

 

2009年9月 栗原千春様 (神奈川県)


20年ぶりに我が子をこの手に

写真をクリックすると拡大します

素敵なダイヤモンド ありがとうございます。
私は20年前、第2子を死産いたしました。その子を抱いたのは1度だけでした。悲しくてずっと泣いていたのを憶えています。
その後、2人のこどもが授かりましたが、忘れる事はありませんでした。
ある時、アルゴダンザを知り、早速連絡を取りました。古い遺骨でも大丈夫との事で、お願した所、20年ぶりに愛しい我が子がこの手に戻ってきました。これからは、今まで墓の下でさびしい思いをした分、大事に身につけていたいと思います。
本当にありがとうございました。

2009年8月 Y.K.様 (千葉県)


お墓には入れたくなくて

写真をクリックすると拡大します

1歳3ヶ月の娘が亡くなり、お墓をどうしようかと考えていた時に、テレビで手元供養を取り上げていたのを観て「私が生きている間はずっと側に置いておこう」とダイヤモンドにする事にしました。土地柄反対もされたのですが、娘が闘病中毎日病院に来てくれた私の両親と、娘のお葬式をあげてくれたご住職に相談し、勧めもあって申し込みました。小さかった娘のお骨は量が少なく、ダイヤモンドを作る炭素が取れないかもしれないと言われ、半分諦めていたのですが「製作できますよ」と電話を頂き本当に嬉しかったです。申し込んでいた大きさより大きなダイヤになって帰ってきた時は「娘は亡くなっても頑張ってくれたんだな」と思いました。リングのデザインも親身に相談に乗って頂き、長く愛用できる素敵なリングに仕上がりました。私の住む県はお墓に対する考えが強く、今回初めての申込だったそうです。手元供養の紹介はよく目にするのに周りでは知らない人が多く、「知っていたら私もしたかった」と言っている人もいました。供養の考えも人それぞれだと思いますが、私は生まれてからずっと病院にいた娘を1人ぼっちでお墓に入れるのではなく、私と両親、娘を支えてくれた病院関係者の方や友人、そして娘が亡くなった後に生まれた双子の弟の側でいつも輝いているダイヤモンドにしてよかったと思います。本当にありがとうございました。

 

2009年8月 富田佐和子様 (石川県)

この輝きに負けないように

写真をクリックすると拡大します

あまりにも突然の主人の急死に、ただただ暗闇の毎日の中、メモリアル・ダイヤモンドの事を知り、すぐにお願いしました。
主人は生前海外旅行が大好きで、次はスイスに行きたいと言っていた言葉も私を後押ししてくれました。
数ヶ月待って届いたダイヤは本当にきれいに輝いていて、感動と同時に、アルゴダンザさんと巡り会え、主人の遺灰の一部がずっと光り輝くダイヤとなり私の力になってくれると思っています。
この輝きに負けないように、私自身もこの先、光り輝いた人生を送って行こうと思います。

 

2009年8月 篠﨑明美様 (東京都)

強くて美しい母が一緒に

美しいダイヤモンドにしていただき、ありがとうございます。

母は強くてたくましい、豪快な母でした。そして若い頃はとても美しかったようで、アルバムの若い頃の写真はどれもきらきら光輝く笑顔です。

この美しいダイヤモンドを受け取った時、まさに強くて美しい私の母だと思いました。少しブルーがかった本当にきれいなダイヤモンドになって、上品な箱に入れていただき、母もきっと大満足だと思います。

母は私の大学進学以来、長い間ずっと独り暮らしでしたが、今は家族皆が見えるリビングにいます。家族旅行に行くときも母と一緒です。こうやって一緒に居れるのも、ダイヤモンドにしてもらったおかげです。

今日もまた、このダイヤモンドを見ながら、私も母のように強く生きていこうと心に誓いました。

 

2009年8月 高橋龍太様 (神奈川県)

スイスから母が戻ってきたよう

写真をクリックすると拡大します

しばらく留守にしていた母が“ただいま。スイスへの旅、良かったわよぉ。”と言って帰ってきたような気がします。
生前、あまりたくさんは旅行に行けなかった母なので、これからは私がこのダイヤモンドを身につけて、いろいろな場所へたくさん連れていってあげたいと思います。このキラキラした母のブルーの光が、私や残された家族達を静かなる道へ照らしていってくれるでしょう。光輝くダイヤモンドになった母と対面して、改めて“今まで本当にどうもありがとう。そして、長い間本当にお疲れ様でした。これからは安らかにいつも側でキラキラ輝いていてネ。”と言いたいです。
アルゴダンザの皆様、いろいろとお世話になりました。
どうもありがとうございました。

 

2009年8月 R.W.様 (東京都)


主人が生き続けます

主人が闘病の末亡くなり、その後どうしたらいいのか・・・
全て遺骨を納骨するつもりでいましたが、友人からダイヤモンドの事を聞き、すぐにネットで調べました。
わざわざ担当の方が遠方にもかかわらず説明に来ていただき、心の中では決めていました。
そして、少しでも一緒にいたいというだけの気持ちから、ダイヤモンドにする事にしました。
もっともっと一緒にいられるはずだった思いをこめて、これからは一緒にいられます。
とてもきれいに輝いていて、主人が生前行きたがっていたスイスでつくられたダイヤモンドは、私の心の中で、ずっと主人が生き続けます。

本当にありがとうございました。
ご担当していただいた皆様に感謝いたします。

 

2009年8月 Y.S.様 (埼玉県)

朽ちる事のない美しさ

医者からの突然の末期癌の告知・・・そして毎日衰弱していく妻。その妻がテレビで見て、お父さん、私が死んだらダイヤモンドにしてほしいと。
そして妻がこの世からなくなり、遺骨だけになった妻と一年過ごしました。妻のダイヤになりたいと言う願いだけは達成せねばと思い、アルゴダンザ様にご連絡をしました。
県外からわざわざ遺骨を取りに来てくださってそれだけでもうれしかったです。そして待つこと数ヶ月。
キレイなブルーのダイヤになって帰ってきました。お金がなくて新婚旅行も出来なかったので遺骨を出した時には、心の中でスイスを満喫しておいでと送り出しました。
これからはずっとずっと一緒に居られます。朽ちる事のない綺麗なダイヤで永遠に。ダイヤが手元に届いたときは、やっと妻が家に帰って来たと思いました。
アルゴダンザ様には密に連絡も下さって本当にありがとうございました。

 

2009年8月 S.B.様 (高知県)

娘がくれたプレゼント

写真をクリックすると拡大します

手にした時、思わず“おかえり”と言ってしまいました。
遠い旅をして、とってもきれいになって帰ってきて、よかったね!!って。
18才という年令だったので、お友達は今、留学や就活であちらこちらに飛んでいますが、娘はスイスまで行ってきれいになってたんだと想いました。
私事ですが、私の誕生日の前日に届いたというのも何か、娘が私にくれたプレゼントのように感じました。
これから、毎日一緒に過ごせると思うと元気が出て過ごすことができると思います。
大切に作って頂いてありがとうございました。
長女のリングも大変な注文聞いて頂いて感謝しています。

 

2009年7月 平山敦子様 (奈良県)


お客様の声メニュー

最新 / 2009 / 2008 / 2007 / 2006

 


copyright all rights reserved: Alogrdanza Japan 2009