親のダイヤモンドを形見とする
こんな人がメモリアル・ダイヤモンドを製作しています
- 若い父・母を亡くした方
- 結婚した娘さんで父母のお墓が遠い
- お墓の後継者がいない、将来的に無縁仏になる可能性があるので新しいお墓を製作したくない。
- 本人がお墓に入る事を希望していなかった。
父・母を亡くす事
先に生まれたものが先に逝ってしますことは、自然の摂理でしょうか。多くの人は「そうだ」と言うかもしれませんが、実際に親を亡くしてみると、それがいかにも不条理な事のように感じられると思います。自分があまりに動揺するので「もう、いい大人なのに」と感じたりもするかもしれません。
生まれてからずっと一緒にいて、自分にとって一番大きな影響を与えて来てくれた父・母の死。親の死は、その状況のいかんにかかわらず、いつも突然で、時ならぬ出来事に感じられます。長期の療養の末に亡くなった場合でも、不慮の事故であった場合、急激に進行する病に翻弄されるままにご主人の死を迎えた方でも、その死は思いもよらないものに感じられ、「もっと一緒に居たかった」と感じるに違いありません。しかしその中でも、アルゴダンザにダイヤモンドの製作を依頼される方は、若く、突然に亡くなる方が多いように思われます。
若年の死
アルゴダンザには若く父・母を亡くされた子供さん、特に娘さんからのご依頼がたくさんあります。団塊の世代くらいの父母を亡くされた30代、40代の子供さん達です。
父・母が平均寿命が高い日本で、随分早く亡くなってしまった。もっと長生きしてほしかったという想いがあります。今まで、ずっと父母に面倒を見てもらい、やっと自分自身、と成人したような気持になったばかりだったのに。大人対大人としての新しい関係性に希望を持っていましたし、何より、親孝行がしたかった、という想いがあります。
結婚した娘さんで父母のお墓が遠い
結婚した娘さんの場合、現代でも「家を出て婚家に嫁ぐ」という考え方は根強くあります。遠くに嫁いだ場合、実家のお墓は遠く、頻繁にお参りに行く事もかないません。婚家に仏壇とお墓はありますが、そこに実父・実母がいるとは感じられません。もっとパーソナルに父・母の供養が出来たらいいのに。もっと自然に話しかける場所があればいいのに。何より、いつもそばで守ってほしい…。アルゴダンザにはそういった方にもピッタリです。
本人がが希望していたケース
ダイヤモンドの製作を決心される子供さんたちからはしばしば「本人が希望していたので」と聞くこともあります「あんな、暗い、じめじめとしたところには入りたくない」という単純な思いでしょうか。それとも、父・母はこんな時でも子供の負担を考える物なのでしょうか。
お墓の後継者がいない、いなくなるのでお墓は建立するのが難しい、というケース
近年、お墓の問題がクローズアップされています。思いもかけぬ死によって、当分必要のないはずだったお墓問題に直面する人もいます。
父母の葬儀が終わり、遺骨を前にして、「さて、どうしよう」と思案する事もあります。少子化の昨今では、自分の子供が娘だけで、最終的に無縁墓になりそうなお墓を今から作る事を躊躇する事もあるかもしれません。自分が将来的にどこにいるかもはっきりしないのに、お墓の場所はここでよいのだろうか、とも考えるのです。
あるいは、故人が事前にこういった後継者問題を考えて、「お墓を作らない事」が故人の考えである事もあります。
こういったケースでは、一般的に永代供養をするケースが多いのですが、永代供養は将来的に合祀(すべてのお骨をまとめて供養)するのが一般的ですので、そうなってしまう前にダイヤモンドを作って置こう、という方もいらっしゃいます。
故人を讃える
仲良しだった母、頭がよく尊敬が出来た父を讃えたい気持ちがあります。個人が自分に与えてくれた、有形無形の多くの物に、自分にかけてくれたその想いを讃えたいと感じます。父・母の人生を讃えるのに、味わい深い色合いで輝くダイヤモンドが本当にふさわしい、そう言っていただく事もしばしばです。

